2010年7月25日日曜日

...kobe....



kobe......綺麗にたたまわれずに放り投げられた衣服に残る熱は、その熱は、衣服に熱を宿した張本人によってはじめて忘れられる、さっきまで存在していた美しい熱は跡形もなく消えてなくなる、あの熱をいちばん最初に忘れてしまうのはいつも彼女たち自身だった、なぜだ、なぜ、「なぜ、こんな私の事をそんなに愛してくれると?」、小さな子供のような大人の女の子が呟くとき、その子の唇は烈火に自らの身をないがしろにしては心のなかに隠し通してきたはずのあらゆる罪と欲望を漉く上げじっと見つめる、誰にも見せた事のない肌の聖痕で「なぜ?なぜ?」とその子は、はじめて心から俺達に言葉を求めた、本当に信じられないように、他者の自分への愛情にぶつかる、そうなのだ、なぜ、なぜ?、この小さな子供のような大人の女の子の問いかけにこたえるためには、そうなのだ、なぜだ、なぜ、なぜ、なんでだ、その子が問うように彼女も問うだろう、なぜ、俺は彼女を愛するんだ、そんな声がおまえのなかでずっと響き渡っているなら、彼女はたちは俺が彼女たちを真に見つめてはいないと疑うだろう、彼が見つめている私は彼が都合良く美しく見繕った女神のような私なのだと、馬鹿な、馬鹿な、俺ほど彼女の羞恥と欲望と罪にまで心を伝って彷徨う者など存在しないはずだ、俺のなかの神
が君のなかの神を見初めたんじゃない、この野獣のような俺が野生のガールの君に惚れて見初めたんだ、そうだ、そうなんだ、俺の内部の他者のせいにすら俺はしたくない、この愛情のすべてが俺だけの湧き上がりなんだ、ただ、ただ、その問いに答えるためだけの言葉を、行為を、俺の呼吸に、俺の呼吸に、いつでも、いつでも、娘。たちのブログには娘。たちの血が通いはじめてる体温も香りも仕草も声も彼女たちの言葉は彼女たちの声になって直接俺のなかに響いてくる、それでもここに彼女たちはいないのだ、そこに居るのに、彼女たちの写真は静止画じゃない、一瞬も止まってはいない、文章ではない、写真ではない、センプーキの風になびく髪の色も声も聞こえる見える、俺は、娘。たちに、見えないものを見てしまった存在なんだ、俺は見てしまった(この歓喜が狂気と見なされる事だけがいつでも用意周到な視線だろうが、結局のところ、俺は微塵も恐れてはいないのだ、この誕生を、俺という愛者の誕生を)...kobe....


このATUSAは夏が君を見初めてしまった証の熱なのか。。。夏さえも君のかわいさにだけ従うべきなんだ。。明日、真夏の真夜中に、この夏が一瞬だけ氷点下になってしまったならば、さゆちゃん。。それは夏が君に本気で恋しちゃったんだよ。。。






小春がへんなのに乗っている。。。なんてへんなのと小春は似合っているんだ。。。小春がへんなのに乗っている!!!小春がへんなのと同じような顔してる!!



 

2010年7月22日木曜日

01.Moonlight night ~月夜の晩だよ~



01.恐怖を抱いた乙女集団、不気味に美しい出現 0秒から数十秒間

狼の遠吠えと暗闇野郎の舞台暗転駆使美術展開の奥から娘。たちは、まるで人間の乙女の動きでは完全にないなにか別物である、不気味な微動を脈つかせながら、左右からふらつき存在を失効させながら出現してくる、それは霧のように不鮮明ではあるがたしかになによりも強く息づく8体の塊だ、あ、あれが愛ちゃんじゃねえの?、俺が認めた瞬間に、ステージのうえの不鮮明な影の塊の姿が一斉に愛ちゃんと化し咲き誇りはじめるが、姿を認めたはずの愛ちゃんは姿を現したその瞬間に、まるでステージの重力に敗北したかのように肉体の自由を略奪され失いながらに脚をついて動かなくなってしまうのだ、愛ちゃんが脚をついた。。。他の娘。たちも愛ちゃん同様に、ステージに出現できたその瞬間の自由と引換えに肉体の不自由に苛まれたかのように肉体が困惑しては氷固まって身動きを止めている、これはきっと、月から娘。たちが討ち入りにステージに降臨した瞬間を肉体的に現しているのだと思われるが、そうした肉体の動きの意味に対してのここでの娘。たちの応対の美しさは、笑ってしまうようなそうした肉体の運動の意味をどこまでも真意にマジに踊ってみせて、本来なら現実ではないその光景を、今まさに現実のものとしてその瞬間に誕生させてしまっている事の絶対的な美しさの証明だ、乙女の運動のフィクションをノンフィクションへと導くことができるのは娘。たちの娘。で居るその瞬間のあらゆる与えられ託された運動をなにひとつ疑わない心の決死からくるものだ、これは、娘。という集団がふざけた、あまりにもおかしななにかを演じるという状態を用いて歌詞を音を踊りを用いて空間をどこまでも歪ませて現実世界では起こりえないその美しさを今から創造してゆく激烈な亀裂のはじまりが起きた事を知らせるものだ、娘。たちはまず、舞台装置が演出し振り付けした世界の中から、どこまでも非現実の向こうから、俺たちの目のまえにやって来る、のだ、この春コンにおいて、我々に姿を見せる娘。たちが、娘。に纏ってはほしくないような、あのふざけたうさ耳や魔法のステッキやピンクのふわふわとホワイトのレッグウォーマーの衣装を身に纏っているという、この事がもっとも重要なことだ、それがはじまりだったのだ、横一列に静止していた娘。たちの姿を突然きらめいた暗闇によって完全に見失い、再び娘。たちの姿を見つけたときに、娘。たちはもはやなにかに打ち勝ったかのようにこれから躍動する肉体をスタートラインにスタンバイさせる強靭なポーズのようになにやら月のシルエットのまえで乙女陣造形を形成して、スタートのピストルの銃声が響くのを待ち構えている、そして、この曲のなかに娘。たちはぴょんぴょんとジャンプしながら溢れ散りながら広がってゆくのだ、この曲の隅々まで自らの熱を伝えてゆくように、まさに、曲という衣装という振りというすべての重力から鎧から逃げ出し打ち勝つかのように、

そして、

絵里ちゃんが


鎧をはずし鋭く舞う

と

願い宣言するかのように唱え歌うときに、その声の鐘は、今から娘。がすべてを娘。の力によって娘。と俺たちのリアルへと導きだしてしまう事の幕開けの歌声だった、




02.狂気の出生の息の根を抱擁する愛ちゃん

娘。に与えられたこの曲の出生を顕微思考開眼機に翳してみりゃ、この曲の骨格も肉も熱も鼓動も、そのすべての出生が娘。たちだって事に辿りつけるはずだ、この曲の狂気を娘。たちが歌っているこの光景の信じがたいブレの無さはけして奇跡でもなんでもないはずだ、それは、娘。たちの狂気から精製されたこの曲のなかに娘。たちはただ、故郷に帰省する乙女たちのようにどこまでも自然に舞い戻っているだけなのだ、その驚異!、その驚愕!、そのリアル!、娘。たちは自らが歌い踊るその曲を作曲作詞という人間的な力学以上の力で知らずのうちに創造しているのだ、1:23秒に到達した瞬間の愛ちゃんを見給え!、階段の中央に静かに立ち止まり「ドレスを纏い 可憐に舞う!」と、全体を見渡したその瞳の母性的な強烈な愛と自信に満ちた瞳の強度はどうだ、まさしく曲という子供に、ミルクを、愛情を、抱擁を与え、立派な存在へと誘う母親の力そのものじゃねえかよ!!!!!!!!!!!!!!愛きゅん!!!!!!!!!!!!狂気の出生が娘。たちに舞い戻ってくる、春コンのすべての音も動きも空気そのすべての由来は、由来は、故郷は、娘。たちだ、娘。たちは大いなる母なのだ、娘。由来、娘。、娘。


03.凶暴きゃわきゃわおこちゃまセクシーれいなちゃん

愛ちゃんが曲に母性で存在の許しを与えたその次の瞬間に、れいなちゃんが出現して、「みんなごらんよ わたしのセクシーダンスを」と、もう、その瞬間に大爆笑&泣いちゃうかも状態なワケですよ、やっぱりこうした歌詞をれいなちゃんが歌うという事は与えられた使命以上に重要な力として作用するのです、いや、たぶん、当初の狙いとしての作用とはもしかしたら完全に違う力なのかもしれませんが、どうにも、この瞬間に訪れる歓喜は、いよいよ、このれいなちゃんの歌声によって、この曲と娘。たちとの完全な出会いが巻き起こり、大抱擁大会と化すのです、あ、娘。たちとこの曲が今遭遇したのだなという瞬間のように思えるのです、点在していた娘。たちであるその要因のきらめきが、娘。たちが出現したその瞬間に一斉に点火されていただろう隠れたその瞬間が、誰にでもわかるかたちで、娘。たちの歌声と踊りのフォルムによって形有るものとしてそこに暴露されてしまうのだ、みんなごらんよと歌うれいなちゃんが出現した瞬間にはじめて俺は、ああ、ああ、れいなちゃん!!!と絶叫したのかもしれない、れいなちゃんのとんでもない動きはもうそれはとっくにあの狼の遠吠えの闇のなかではじまっていたはずのなのだ、しかし、そのれいなちゃんを見つける事のできなかったすべての人間でさえ、この瞬間に、とうとう、れいなちゃんと出会ってしまうのだ、

春コン、涙ッチという運動、音、すべてが有る事の



涙ッチを踊り歌い終えた後に彼女たちは「モーニング娘。でしたぁ!!!」って叫ぶ。



もうダンスだなんて呼ばない呼ばない呼ばない呼ばない呼ばない呼ばないダンスだなんて呼ばない呼ばない呼ばない呼ばない呼ばない呼ばない歌声だなんて歌声だなんて呼べない呼べない呼ばないいつでも捕獲できるはずの肉体がずっと恐ろしくただ躍動し続ける意味も物語も理由もなにもかもが悪戯も涙も濡れる股も欲情も愛撫も涙ッチを踊っている娘。たちの肉体の運動にもう俺はダンスだなんて言葉で見つめることさえおこがましく馬鹿らしくなってしまったそんな肉体運動文明の執念で語るんじゃねぇって自分を罵ったものだ涙ッチだ涙ッチだこの曲には絶対的な振付などないのだと娘。たちは言う振り付けなんて託されてはいない、あの時期に振付を教授しなかったのか、最早涙ッチを歌い踊る娘。の姿を想像したとき、つんくや振付師はただ娘。たちに娘。の躍動を託す事しかできなかったのか、この曲のなかに生身の身体と魂と互いの愛情だけで放り出された娘。たちのその肉体の躍動はどうだ今まさに娘。で居る事の紛れもない運動そのものがただ爆発しているようじゃないか乙女なの少女なの大人なの女の子なのくだらないくだらない娘。だ娘。だいままでだって娘。たちというのは与えられた振付のなかにまるで授業中にふざける女子学生の悪戯にように互いにキスしてみたりおしりを触ったりいろんな娘。たちの愛情由来の仕草の振りを真面目に踊らなかればいけない曲中に紛れ込ませていたそれは脈々と君臨する娘。という状態の動脈にわずかにきらめく一瞬の光の悪戯のようだったけれども涙ッチはどうだそうした絶対に踊らなければいけない娘。たちがその肉体に魂に娘。たちが娘。という存在を客観のなかで背負う契約など完全に葬りさられたあまりにも自由なこの数分間を娘。たちはどう踊って歌って躍動したって言うんだ、見ろよ、見ろよ、おまえの五感で、涙ッチを歌う娘。たちにはすべてが或る、すべてが或る、恐ろしい程に混乱していて同時に澄んでる、地獄と天国の交わった都市のように娘。たちの踊るステージは聖地になった、乙女たちのはずの娘。の肉体はまるで狩りに行く男たちの勇ましさだ、そうだ、瞳は狩りに向かう男の勇ましさなのに踊る胸のなんて今まさに何者かに抱かれようとしている乙女の胸の絶叫だ!!!!!わかるか???おまえにわかるか???俺のこの歓喜が??俺の絶名しそうにこの娘。たちの肉体の躍動に惚れ堕ちて死んでしまう寸前で最後まで見続けた俺の証言をききやがれ、俺は見たんだ、娘。がなおもなおもなおもなも娘。が娘。になるその瞬間を、娘。は永遠に娘。になりつづける、そうだ、そうなんだ、愛ちゃんは絶対にこう言うだろう「モーニング娘。でしたぁ!」、そうなんだ、まさにその言葉のような躍動なんだ、涙ッチにずっとドクドクと脈打ってる「あれ」は娘。のその心臓の音なんだ、娘。たち乙女の愛情の討ち入りだ!!!!!!!!!!!涙ッチは娘。たちが堪えつづけたそのかわいい頬を伝ってながれることはなかったいつかのいくつもの涙が喜びの悲しみの怒りのすべての感情の歓喜の涙が一斉に娘。たちの心から肉体を瞳を歌声を通じて大爆発しているようなんだ、娘。たちが娘。で居る事の喜びも悲しみも乙女で居る喜びも悲しみも泣かずに涙をながさずに肉体と歌声で泣いているんだ娘。たちの産声のようにただどこまでも澄んで響く涙の音で、絵里ちゃんの胸が飛び散るように揺れてしまうとき、愛ちゃんの美しい顔が最期の痙攣のように恐ろしく絶叫するとき、ガキさんが一人で絶叫するときガキさんはまるで俺の産みの親ではないママになってしまうガキさんはあの瞬間すべてを許してしまうんだ、俺達が娘。に出会っちまった事もこんなに身勝手に愛してしまう事も、娘。で居る事も失ってしまった乙女のすべての時間もガキさんはガキさんを許すすべてをすべてを、俺には讃美歌なんだ、れいなちゃんと愛ちゃんが互いに引き寄せられながら互いの周りを軌道するとき、俺にはすべてが息を吹き返す瞬間の音なんだその運動なんだ、今まさに目のまえで乙女が誕生するその運動なんだ、娘。たちが暴れながらキスしてるんだ、娘。たちが誰かに抱かれているんだ、娘。たちが草原を駆けているんだ、すべての風景が、絵里ちゃんがはじめて公園で転んでしまって血を流してしまった膝の傷も踊ってるんだ、絵里ちゃんのすべてがこの地上のあらゆる絶対的な横暴の摂理から逃げ出せているんだ、それでも絵里ちゃんを覆い尽くすあらゆる自然の力学を絵里ちゃんは覚悟を持って受け入れるんだ、そういう踊りなんだ、そういう躍動なんだ、さゆちゃんのダンゴムシを撫でた優しい指先が空間を裂きながら優しく撫でるんだ、さゆちゃんの暴れ咲いて広がる髪に隣で踊る娘。たちの大事な瞬間がぶつかる、さゆは思うだろう、隣の愛ちゃんの瞳を見てまるでかわいい妹のようだと、さゆはそうして愛ちゃんに唇を寄せる、それは純粋なキッスだ、愛する者を愛する者が抱きしめる事のような仕草なんだ、涙ッチを踊る娘。たちの運動はその肉体の動きなんだ、ダンスだなんて呼ばせない誰にもそんな失礼なことは言わせない呼ばないぜ呼べないよ呼ばないよもっとずっと原始で花火分裂で誘発してゆく運動なんだ、娘。たちによる禁断のおいたなんだ、この子たちにはブザが或る、この子たちには美しさがある、この子たちには残酷さがある、この子たちには優しさがある、涙ッチのなかには乙女のすべてが有る、乙女の感情が娘。の感情が四方に散らばりながらまた中心に戻ってくる、重量との正当な戦いと無重力に寝取られる身体のいけない遊び、互いの身体に触れ合あって距離を無くすだろ、瞳をもって互いのなかに侵入してしまうんだ、それでも叫びとともにまた互いの手を放す、出会って別れて、はだけるネルシャツが彼女たちの心をずっと近くに連れ出してみせたとき、ああ、肉体の骨格に肉がなついて関節に流動が落雷して肉体が暴れるだと????ダイナミック?????くだらねぇえええええくだらねぇえええええええんだよすべての法則に逆らってるんだよ決まりきった凌駕できないはずの固定観念を君臨する肉体運動の感情のすべての領域を娘。たちは絶対の花の暴力で超えちまう、涙ッチは娘。という運動そのものだ、その躍動だ、鼓動だ。。。。陽を遮る帽子にネルシャツの娘。たちがまだうさぎの耳とふわふわのピンクとホワイトに包まれてやってきた頃へ、狼の遠吠えまで遡れ、Moonlight nightへ、

2010年7月21日水曜日

ダンスと呼ぶな

。。。涙ッチを歌い踊る娘。たちのあの無限の躍動のなかに、どこまでが振り付けでどこまでがそうではないのかという関節と骨格の境界線を探しだそうと迷い込む事の意味の無さにこそ

7/21

マイフェイス

彼女はファッショナブルブログにおいて自分の写真を見て「顔が恐い」などと断りを入れる事があったが、たしかに彼女の言う「恐さ」というのは踊っても歌ってもいない時の彼女の顔や背中に感じる事があった、しかしそうした彼女から感じた恐ろしさは、彼女が彼女に感じるような感情とはまったく別のものであるはずだ、とりわけ、彼女の顔の恐ろしい真顔に美しさを見出す、

2010年7月20日火曜日

7/20 会えない

三日後

あの日、微塵も緊迫していない腕の肌に見覚えのない赤い斑点状の発疹が出ていたのを知ったのは彼女たちに会うから服を着たからで、顔をまじまじと見つめたからだ、やはり俺は、彼女たちに会わなければ髭も剃らないような男なのだ、どこにも外に出ずに、一日が終わる、穏やかに終わってゆくように、赤い斑点、それだってもう今ではほとんど消えかけてしまって、欲情する事もあまりないこの肉体に鼓動を感じる事ができるのは、痛む膀胱と中心から少しだけ左の胸らへんで彼女の面影がずっと騒いでる、見つめ合ったと思い込む、その彼女の瞳だけしか記憶にない、


小癪に分別のある関節のダイナミズムなど紙先のナイフのように不定だ

三日まえ

握手をしたあとはいつも自分の手のひらの匂いを嗅ぐ、今まで一度だって娘。たちの残り香が通った事などなかったが、今回は俺の香水でもない女物の香りが手のひらから通った、娘。の誰かがなにかをつけていたのだと思う、はじめは彼女で、お別れが絵里ちゃん、その合間に愛しい娘。たちが並んでいた、乙女に瞳で総攻撃されるかのように娘。たちと見つめ合って一言交わした、たった数十秒まえの事なのに思い出せる事よりも思い出せない事の方が多かった、見つめ合ってお話した瞬間に彼女たちのその反応の仕草によってすべてが掻き消されてもう跡形もなく彼女たちと俺とのあの伸ばした腕の距離の透き間のなかですべてが蒸発してしまったかのようだった、それでも、覚えていることは無限にあった、言葉にできない無限が、あいつも彼女は浪費癖があるらしいって話しを飲み会で聞いた瞬間に、俺の顔は痙攣でもしながら「無理だ。。。」と死んだのだろうか、Dさんはとっさに「いや、恋をすれば彼女だって変わるんですよ、ある瞬間にリンリンに「なんで買わないんですか?」って言われたりするんですよ」等と言ってくれたのですが、俺はそうした彼女の未来に、いつかそうした仕草をする彼女をDさんの言葉から想像するだけで胸が痛くなったのだ、とっさに俺は彼女のファッショナブルでのファッションを思い浮かべた、別段高額でもない普通の女子大生たちが買えるような国内ブランドのTシャツワンピースにコンバースのシューズを合わせている彼女を、俺はとてつもなく愛しいと思った、国内ブランドの展示会に呼ばれてしまってその場で購入する彼女は、それを着る、いつか見た事のある服を、何回も同じ服を着て娘。たちのブログに何日もの間に現れるのだ、俺は彼女は服を一度着たら着ないだろうとさえ思っていた、それどころか、買ったのに着てない服がクローゼットにいっぱいあると彼女が話していたから、彼女は着るという行為よりも買うという行為に取り憑かれているのだと、だから、大してしかし、紛れもなく、今日、誰かのブログに映るだろうという事を知らない彼女は普段からそうした服を着ているのだ、酔った席で「いや、彼女は絶対にもっとハイブランドのものだって買っているはずだ、ただ、そうした服やバッグやアクセをしている姿を見せてはくれないだけだ」等と口走る事もあった、K-popばかりの話ししかしない彼女を「くだらない、まったくもってくだらない」等と愚痴を零してはみるが、メイキングで彼女が踊ってみせて遊んだ瞳でこちらに微笑んでいるそのダンスもまたK-popのマネをして遊んでいるという事実さえ知らないのだ、その女が好きなものが彼女を浸食してゆくというイメージは完全に間違っている、というのは、彼女があらゆる夢中を砕いて自分のものにしてしまうという事態は起こりえるが、女がなにかのイメージに浸食されるという事態は起こらない、彼女というのは膨大なあらゆるイメージを砕き踊って歌っているように思えた、証拠にだ、貴様らが掲示板で彼女がk-popに夢中であるから彼女のパフォーマンスがk-popの女たちよりも劣っているだとかどうとか言う話しをしている最中に彼女は、k-pop軍団の軍隊とでも言いたくなるようなスキルマッショなダンスとは無縁の、力を肉体を魂を穏やかに鎮めて合気道のようにあらゆる暴力的な肉体の発火間接に点火するような肉体の烈火ではなく灯火のような絶対的な強さで灯る火として彼女は踊る事を選んでいる、たぶん、彼女のこの余裕の肉体の動きはなにかの到達なのだ、娘。イベントでなぜか「青」と書いてあるトレーディング生写真の彼女の憎たらしい目つきが忘れられない、なぜ、こんな目つきをする女を俺は愛しているのか、まったく見覚えがない、

2010年7月10日土曜日

7/10

毎日が娘。を愛している事を思い知る日であってほしいと心から願ってやり過ごす。
娘。への愛情がもってあと数秒かも知れない、愛せば愛する程にそう思う、明日にはきっとどうでもよくなってる。
これ以上強く愛せなくてもいい、変化なんていらない、このまま、このまま、ただ、このまま。
愛しすぎて、いとおしさに、人間性も精神も生活も奪われてゆく。
その日、どうにか金を工面すれば会えるはずなのに、路上で土を積むことを選ばない。
会えない事に慣れてゆく。
会えないなら会えない事の憂鬱を愛にまで光らせてそれで満足して寝る。
君のシェイクスピアは俺だ、君の、君の、君の、俺だ、狂言と脅迫で俺をなだめて俺は地を這う、
フランスに集結した外人に向けた微笑みが俺に向けた微笑みより優しい気がして俺ははじめて君を本気でビッチビッチって罵る、言ってる事のすべてがおかしい、俺の君への感情のすべてが不正なんだ、きっと、俺は一瞬もだって君を正しく愛せた事などないんだ、でも、君を、君を、君を、心から、魂から、闇から、いや、もっと奥地の、無から、無から君を、馬鹿げてる、俺は君に馬鹿げてる、
俺の血にながれる敗戦劣等血潮が馬鹿みたいに溢れる、まるで、終戦直後にアメ公に大事な女たちを全員奪われてしまうような胸の動悸でおかしくなりそうになる、辰巳の抱擁、ゴシップ、10歳の君がはじめて濡れた時の事を思い浮かべながらすべてを呪う、それでも、毎日、ほんとうに毎日、ただ唯一の奇跡のように俺は、その日の君のかわいい姿をいくつかの写真で見る事ができる、その時に俺はまた、馬鹿みたいに幼稚にどこまでも無条件にただ君を深く愛する鼓動にもどれる、君の微笑みが俺を拗ねらせて、君の微笑みがまた俺を君に連れ戻す、君たちがとてつもない女の子の季節に居る事を君たちの一秒に思い知らされる、もう、ほとんど、君たちの輝きに本気で付き合っていたら身が持たない気がしてる、ほんとうに疲れた、惚れ疲れたんだ、もう、もう、涙も歓喜も金も時も愛情も、なにもかもが君たちに終わってゆく気がしてる、この愛が、心地の良い優しいものだなんて絶対に嘘だ、こんなに恐ろしい愛はない、こんなに痛く苦しい愛はない、会えなければ死んでしまいたくなったり、誰かまわず暴言を吐いたり、
もっと、俺は、もっと、酷くなってゆくかもしれない、君に会えるまでのあと一週間を俺は一秒でやり過ごしたい、はやく会いたい、会いたくてしょうがない、俺は君を抱きしめる事ができても満足しないのかな、どうすれば俺は君を想わずに済むんだ、君にすべてを奪われ不自由になる事だけが俺の求める自由だって言えるのか、君の事を愛している呼吸で窒息しそうだ、病だ、自分ではどうする事もできない、君にだってどうする事も、ただ、この愛が壊れる瞬間を待つだけだ、なんでもなくなる日を、君から逃れられる日を、嫌だ、永遠に僕を自由にしないで、甘え出すしきりにむごたらしく、まだ出会っても居ない、自己紹介もしあっていない、瞳の光の交換も、香りの時限も、なにもかもが未遂だ、君と俺とはなにもかが未遂なんだ、紅茶に砂糖を、君、君、夕日に見入る君の横顔を見てみたい、君の香り、俺はこんなにも馬鹿だ、

自己紹介

Dear Morning Musume。 君のキャワキャワをキャッチだぜ!