2010年1月1日金曜日

彼女のなにもかもを、みることができなかった、きくこともできなかった

ハロコン 混乱のままにメモ 下書き


あのガキさんのフェイクはただのフェイクじゃなかった、あれは何だったんだろう、ディピオ日誌(http://charmy.ddo.jp/~dpo/1/1.cgi)あのガキさんの異様な領域に「魂」って言葉が使われてた、あれはただの歌声じゃなかった、あれはただのダンスじゃない、たしかに俺らはガキさんのあのフェイクを浴びたんだ、あのダンスを、いつまでもつづくようなガキさんのあの歌声の距離は中野の屋根を突き破っていた、どこまで浸透してしまうのかわらかない歌声は四方に、

おまえ気づいた?、さゆえりのほっぺのチークって同じじゃなかった?、あの丸みの範囲といいさ、色といい、さゆえりのほっぺがまったく同じじゃなかった?、いや、俺は気付かなかった。。。またおまえの勘違いなんじゃねえの?、いや、それでもいいよ、さゆえりのほっぺが姉妹だった。


さゆ、黒いマイクにホワイトマイクスタンド、ガーターベルト、そして羽。

さゆのOnly youからエンジェルハート

Only youのさゆの歌声がすべてのさゆの規則を忘れてしまっていたみたいだった、さゆのかわいさが昏睡状態で、さゆが、さゆが、さゆはあの時かわいい歌声との指切りげんまんを破ってる、ただたださゆのあのかわいいおへその奥からずっと奥底から歌声が啼いてる、その曲は男が歌う曲だった、これはそんな安易な性別の模倣の話じゃない、それをさゆが歌ってる時に何が起きた、さゆは男を真似たのか?、いや、違う、断じて違う、さゆはかっこをつけた、でもでも、その姿といったらどうだ、それでもどこまでもかわいさをあちらこちらに散りばめてる、さゆがかわいさを拭えるとでも?、いくら、いくらさゆがマイクスタンドを恐ろしく男性的に持っていても、あんなにも男性的肉体の保釈に挑んでいてもだ、さゆの肉体はさゆのダンスは未だにかわいい、かわいすぎる、それが切なかった、さゆの脚が内股を否定して大きく外に開いて開いてもさゆの脚はかわいさを失ってなかった、しかしどうだ!、さゆのあの歌声はどうだ!、さゆは知らずのうちにあんなにかわいい身体とダンスで歌声によってかわいいから解き放たれてた!、それはあまりにも酷く美しく愛しい歌声だった、さゆの声、そしてだ、そしてだ、Only youが終わるだろ、なにがはじまった?、なんの曲だ?、そうだ、そうだ、エンジェルハートだ、そしてなにが起きた?、さゆはどうなった?、さゆの歌声は?、さゆのダンスは?、さゆの肉体は?、さゆの身体はまっすぐにのびて、脚は内股を刻、両手をあげたさゆの二の腕が咲いた、さゆのOnly you のあの歌声の熱い低温からさゆの歌声はエンジェルハートでかわいさの羽のようにピンクに頬を染めながら突き破って響いた、Only you からエンジェルハートのさゆのあの歌声の肉体のながれ、それを支えたのは、あのさゆの脚につるのよう絡まったガーターベルトだ、絵里ちゃんは無意識に呼吸をするように女の子で居る事ができる、圏外地獄(http://d.hatena.ne.jp/stylishwc/)は渋谷ハロショの奥地で大江眼がねを光らせ気まプリPVを見ながら言った「絵里ちゃんは呼吸なんですよね、呼吸で女の子なんですよ。」、だとしたら、さゆは深呼吸だ、さゆは自ら大きく小さく女の子を深呼吸している、なにが初潮だ、なにが処女だ、くだらない、そんな言説だけでさゆを語ろうとするのはいいかげんやめてくれ、そんなくだらない男性器みたいな思想で娘。を語るのはやめてくれ、女の子の本当の初潮は意識の混乱だ、さゆが女の子である事を意識したその瞬間が魂の初潮なんだ、その話をしてんだ、その深呼吸が俺たちは愛おしい、俺は中学生の頃、呼吸と言うものを意識した時があった、その瞬間俺は呼吸の仕方を意識した瞬間に呼吸の仕方を忘れてしまい、混乱し、過呼吸となり、朝方の緊急病院に搬送された、鏡のまえでさゆはさゆと一騎打ちをする、さゆの極限にかわいい状態のなかに身を置いているのは紛れもなくさゆ本人だ、搬送先で医師は俺に言った、女性がね、けっこうなるんですよ過呼吸、俺はなぜだかうれしくてしょうがなかった、さゆの女の子の呼吸は命の深呼吸だ。そして絵里ちゃんのアンブレラに話は。。。つづく。。。そして。。。さゆえりのちょうちょうちゅういい感じに話は至る。。。。いや。。。。雛壇のさゆえりの相槌。。。。ひそひそ話。。。笑顔のめくるめく種類。。。。絵里ちゃんの姿勢仕草。。。さゆの背筋。。。。すべてがつながっている。。。寸断できない乙女の時間。。。。仕草と意思。。。瞬きとお腹の筋肉。。。。



娘。たちの真新しさ

「もう別物と言ってもよかった、あれは、あの瞬間は、はじめて見聞きするみたいだった、恋レボはまるで娘。たちの血肉にまで昇華着床してしまったかのように無意識に踊ってみせているダンスだとずっと思ってたんだ、だがどうだ、眼の前で起きたそれは、どこまでも真新しい今まさに生まれているダンスと歌声だった、恋レボが生まれたてだった、」

気まプリの未だに成長過程
「未だに気まプリが新曲でありつづけそのダンスと歌声のなんてすげー事になってんの?」

新曲、横暴言語
「新曲?、マイフェイスはたしかにすげーよ、あの歌声とダンスと衣装の剥離具合がすげー、つまりすべてが違う方向で誕生して、それぞれが違う動きで躍動してる、あの歌い方とあのダンスを同時に娘。はやんだぜ?、Aメロの歌声のリフみたいにギザギザにはっはっって強く深い呼吸を繰り返すみたいなリズム断絶の歌い方と同時に四肢が侵攻するあのしなやかな動きのながれ!、娘。たちがいよいままさに踊りなんてものの本質さえ凌駕して到達未定のなにかに、なにかに、踊りによってそのなにかを狩りとって自らのものにしようとしているあの抱擁にゾクゾクする、「身体が動いてる」」

新曲、文化言語
「娘。の新曲のあの混沌ぶりはどうだろうか、彼らが大好きなところの楽曲にしたって歌詞とメロディとが法要をしているとは到底思えない。素晴らしいのは衣装とダンスのあまりにも不可解な重なりだ、なぜあの音にあの振りにあの衣装なのか、わけがわからない、まだ振りになにかしらの意味や意図が起伏をもって付属されていればいいのだけれど、ある段階から娘。の歌う曲にはあらゆる場面で意味を成立させる意思の上に言ってしまった気がする」


1.彼女たちのなにもかもを、みることもできなかった、きくこともできなかった、ただ彼女たちと俺は衝突した。

愛情失禁、不死身、水量の減らないスポーツドリンク、舞台舞台舞台舞台のうえの君

「その瞬間だけであればいいのにと思うよ。。。。でも、僕は彼女を見つめていた事を思い出そうとしてしまう。彼女が舞台から去った数十秒後には。。。」

花つぶて群、流星群、群れ、ムレ、群れ、女の子たちの群れ、群れ群れ群れ群れ群れのなかの君

彼女たちを見るという行為をそのまま記憶に直結させ得るか、心に雫って湿り気のままに宙づりしてしまうか。

君をさがして迷子

「その瞬間が瞬間のまま永久氷結してしまうと彼女の美しさの冷たさで死にそうになる。」

はじめましてからさよならまで

「なぜまた会いに行くの?と言われれば、この俺のなかに君臨する最後に会ったあの時の彼女のきらめきとさよならしたいからだ、俺のなかで融けずに朽ちずに君臨しつづけて俺を悩まされる美しい不死の花。」

さよなら他の娘。たち
「視線の階級というか、視線の症状の段階は今、自分のなかでは娘。を見ると言うことにおいてはとても大きく関係しているよ、それはたとえば愛情に優遇されて一人の娘。だけを強く追ってしまうその時には、ほとんどもう他の娘。の事など見ていなかった事と同様でさ、いや、一人の娘。を見ているという事は同時に娘。を見ていた事であるというあの真実以上にね、娘。であるそれぞれの女の子たちの個人の魅力をそれでも喪失している事には変わりはないはずだろ?、強く見つめていてもなおも、喪失だけを繰り返してしまう己にあって、見てはいないという絶対的な軽視が後々に己を苦しめるその熱の酷さは計り知れないものに膨れ上がるんだ。。。。それは、彼女たちがそれぞれに、ほとんど乙女ビッグバンを毎秒噴火させているかのような輝きのなかにいる今だからこそそれは巨大になっているはずなんだよ、他の娘。が俺が溺愛する一人の娘。のまえをよこをうしろをしたを瞬間的に素晴らしく横切り。。。。その仕草だけで強烈な一種の美のノイズのように印象的に眼に映っていたとしてもその事は直接彼女たちを見つめていた事にはならない、ここで問題なのは、見ていたのか見てしまったのかだ、けして、見ると言う事に意識を置いた人間だけが正しいって訳ではないけど、見ようと試みて見ている事はやっぱり重要だよ、残酷なのはむしろ、見ていなかった人間が不意に目撃してしまった一瞬の美しい強張りであって、見ると言う己の意識下で見ていた人間では到底到達できない瞬間に導いてもらえる事がある、けれども、そうした奇跡的な事故から体験した人間の多くは、それが奇跡的に美しい乙女との衝突事故であったなんて事を理解せずに忘れ去ってしまう、だから、ほとんどの場合はそこで終わるんだ、無意識にそれこそ花の横断の事故的な余地不能においてあまりに美しいその瞬間に出会えたとしても、その光景が己のなかのどこかに傷のように焼きついていたとしても、その傷を見つけて傷をつけてくれたあの瞬間の光景に美しさを見出せる人間でなければならない、過ぎ去った瞬間を語れるそうでないか、それは本当に事故のあとの後遺症のように酷く、理由も訳も連なりも教えてはくれないのだ、自分にはその瞬間をただ瞬間の傷跡としてでしか語る事しかできない、その昏迷のなかで気づくだろう、その花の横断の前後にはもっと、もっと素晴らしいなにかが存在していて、きっと、その事を俺以外の誰かは見ていたはずなのだと、彼女たちが体をわずかに浮かせながら横断する直前の踏みしめはたしかに存在していたはずだ、という後ろめたさのなかで、俺は娘。の数だけ俺がいなければ追いつけないな、というように、乱暴の厳格な終わらせ方で慰めながらも、あらゆる断片的に俺の視線のなかを花の横断で駆けていた娘。たちの姿だけを心に宙づりにしてよろめいてる、もう、娘。たちの一瞬の輝きを、記憶に嫁がせる事も、記憶の永遠のなかに降嫁させる事もできないままに、ただその瞬間を感じる事のできる期限まで反復するしかない。」

肉体遭遇

2.彼女は髪の左岸右岸に唐突に肉体の魂の行方をくらます

絵里ちゃんの髪の行方不明

絵里ちゃんの髪については散々徹夜でビルの壁にもたれかかりながらラジオ公録に一緒に並ぶ圏外さんにおいしいチョコレートを頂きながら強く語ったのだけれど、絵里ちゃんの髪のあの絶妙な長さが俺大好き、絵里ちゃんの毛先に対する姿勢と言うか溺愛ではないが少しかまっているよ!という感じはほとんど絵里ちゃんの乙女心臓がそこであるかのように、絵里ちゃんの意識する乙女の拠点中心点を僕に示してくる、絵里ちゃんは毛細管現象のように一旦すべての乙女意識を髪に集結させて、それをあらゆる方向に乙女放出して行くのだけれど、絵里ちゃんの髪が肩の上にすべての触れるか触れないかの絶妙に微妙な長さで漂っているあの空気感は、だからこそ、徹夜で並びやっと会えた絵里ちゃん本人から「絵里はこの微妙な長さがいいんです」というような事を言ってくれた事に自分は奮える歓喜だった、ところで彼女の髪の行方というのは彼女の時の断層がまだ生きているという強い事実で、髪の毛先と言うのはいちばん時を生きた髪であり、彼女の髪はそのまま時を抱いている、彼女の髪の末端は細い流線の束で、それは血は通ってはいないが乙女の時間の香りがどこまでも息づきながら通っている乙女の裸の血管な気がするのだ、それを彼女が束ねたり温めたり色をつけたりする、彼女にとって髪というのは女の子である内部を外部に象徴できる、しかも、自ら造形可能な唯一の命であるからのように、髪と彼女はまるで恋人同士であるかのような溺愛ぶりはただのままごとでは済まされない。猫はヒゲで身体バランスを取るのだと言うが、乙女たちのあの髪に対する姿勢と言うものはそうした身体的バランスを取るためのものなのか、むしろ、乙女で居る事のバランスを保つためのものなのか、その双方であるのか、考える、とろこで、絵里ちゃんの美しさは髪に対する絶対的な溺愛ではなく、やはり、ポケポケした髪への触れる手先だ、というのは、先日のハロコンで絵里ちゃんは右側は外ハネ、左側は内巻きだったのだ、左右対称ではないその毛先のまたもや美しさとかわいらしさときたら、その事を確認してから私は、ほとんど愛ちゃんを見てしまっていたのでそうした髪のバランスで絵里ちゃんがどうやって踊っていたのか語れるほどしっかりと絵里ちゃんを見つめる事ができなのだけれど、ふと気づき、もう公演が終わるその時に見た絵里ちゃんの髪は両方外ハネになっていたのだった。
   絵里ちゃんの肩に触れるか触れないかの、あの絶妙なニュアンスゆるふわくるりん毛先の美しさは乙女が乙女を譲れない狂気を少し感じる部分があり、靴下に穴が開いていようがきっと、その時、絵里ちゃんの髪の毛先だけは絵里ちゃんに溺愛され指先で曲線の成型を撫でられていたに違いなかったはずだ。



ところで彼女の髪の行方というか、彼女の髪の末端は細い流線の束であってそれは血は通ってはいないが香りが通っているかのような乙女の裸の血管な気がするのだ。それを彼女たちは束ねたり温めたり色をつけたりする。彼女たちにとって髪というのは女の子である内部を外部に象徴できしかも、自ら造形可能な唯一の器官であるから髪と彼女たちのまるで恋人同士であるかのような溺愛ぶりはただのままごとでは済まされない。



勘違いのなかにだけいる状態の男というのは、女の子の美を診断するただの動物にでも後退するかのように研ぎ澄まされた美の横暴な権威の失態の群れだ、
首筋のきめ細かさ、はじめから理想化した光沢を眼球の内部に溜め込んだ欲求の視線の誰もが、彼女の首すぎの肌を見つける事はできない、彼女の肉体の国土を横断する視線は首を伝ってゆく事しかできなかった、彼女が髪をショートにした時、彼女の首筋で視線を滑らせて俺はそのまま彼女の肉体の本土に上陸する事ができた、しかし今彼女はショートでもストレートでもない彼女にしか居られない髪で居る。

自己紹介

Dear Morning Musume。 君のキャワキャワをキャッチだぜ!